いつだって、掴み所のない人だから。
それでも・・・あの人の性格を考えれば、必要としていない人間を傍には置かないだろうと。






何度も何度も・・・繰り返し、自分に言い聞かせてきた。






でも、そんなコトよりも何よりも。


俺は・・・中嶋さんのことが、大好きで。
自分から離れることなんて・・・考えられないくらい、大好きで。



鈴菱グループの跡取りとして育てられた俺の・・・数少ない、でも赦されない、ワガママ。




それが『啓太』と『中嶋さん』で。



俺に初めて・・・『感情』を教えてくれたのは、幼い啓太だったけど。
俺に初めて・・・『愛情』を感じさせてくれたのは、中嶋さんだった。



無論、中嶋さんに逢う前までに、恋愛経験がなかったわけじゃない。
人並みの経験を重ねてきたけれど・・・それは全て『与えられるモノ』でしかなかった。


求められて、関係を持ち・・・別れを告げられれば、それに従う。


その繰り返しばかりだったように思う。
俺自身から求めることや別れることもあったが、それはごく稀で。
大概は時とともに、相手が気づいていくのだ。

そして、口を揃えてこう告げる。






―――――貴方は、何にも執着していない・・・と。







その時の俺にとって、愛情を返す存在は・・・遥か遠い思い出の中の幼い啓太以外、なかったから。
愛情を持たない相手に、執着することに、何の意味があるというのか。






心の伴わない関係など・・・長続きがするはずなどなくて。
ただ『鈴菱の跡継ぎ』として、空虚な時間が過ぎていく中で・・・俺は、彼に出会った。






冷血漢で、極悪非道。
そんな噂が絶えないあの人に、最初に惹かれた理由が何かなんて・・・もう思い出せないけど。
それでも、時折見せてくれる柔らかな笑顔や、さりげない仕草の一つ一つに、どうしようもないくらい
心を奪われて。





他の誰がなんと言おうとも、俺は中嶋さんが大好きで。
中嶋さんも・・・口では言ってくれないけれど、きっとそう思ってくれてるんだって、信じていて。






・・・・・いや、信じていたんじゃなくて、信じたかったんだ。






中嶋さんも自分と同じ想いでいてくれてるんだって。
俺が中嶋さんを思うように、中嶋さんも俺のことを考えてくれてるって。

そう、信じていたい。




それは、きっと・・・俺が、初めて抱いた感情。
啓太への想いとは違う・・・もっとドロドロとした、心の奥底から湧いてくる、得体の知れない感情。



啓太にはただ・・・幸せになってもらえれれば、それでいいと思った。
啓太が笑っていてくれるのなら、それでいい。それ以上、何も求めない。



でも、この想いは違う。



俺が想うように、中嶋さんに想っていてほしい。
中嶋さんにはいつだって、俺を見ていてほしい。





―――――独占欲と執着心。






今まで感じたことのない想いが、俺の心をぐちゃぐちゃと掻き乱していって。
きっと、今の俺は・・・ひどく情けない顔をしてると思う。






わかっていてもどうしようもないほど、中嶋さんの一挙一動に振り回されてるのに。






・・・・・何事もなかったような、顔をしてたんだ。
いつもと変わらない顔で。口調で。声のトーンで。




―――――中嶋さんは、俺の事・・・どう思ってるんですか?





その真意をただすべく、俺は少し前を歩く中嶋さんへ意を決して声をかけた。











「中嶋さんっ!!待ってください・・・・!!」











ゆっくりと振り返った中嶋さんの表情からは、やはり何の感情を読み取れなくて。
いつも通り、何一つ変わらない中嶋さんに、俺は軽い苛立ちを覚えた。




どこまで、翻弄されるのだろう。
自分よりも年下のはずの・・・この男に。





彼は知らないとは言え、年上としてのプライドで・・・その苛立ちを押さえ込んで。
そんな俺の様子を、眼鏡の奥から鋭い眼光で窺っていた中嶋さんが、徐にその口を開いた。






「何か用か?」






感情を感じさせない、事務的な口調。
ひどく突き放されたような感覚に苛まれて、一瞬、言葉を失う。



「用がないなら戻ればいい。会計の犬とじゃれていたんだろう・・・?」



口篭ってしまった俺に、冷ややかな目線を投げつけた中嶋さんの口から放たれた言葉に、俺は咄嗟に反論する。




「なっ・・・違いますよ!」
「何がどう違うんだ?」
「あれは・・・・・」





右手の中指の先が、ドクンドクンと疼いているのを感じる。
でも、それ以上に感じるのは・・・いっそ煩いくらいの、俺自身の鼓動。



だって、中嶋さんが・・・いきなり顔を近づけてきたから。
目の前で・・・唇が触れるくらいの距離で、囁くから。
いつの間にか、廊下の壁を背に追い込まれるような状態になっていて。
知らない人が見たら、きっと・・・・・かなり誤解されると思う。




そんな、まるで想定外の出来事に、俺は完全に中嶋さんのペースにはめられたことを痛感する。





「・・・あ、あれは・・・俺が・・・ドジって指を切っちゃって・・・それで・・・・・」






情けないと思いつつ、自然しどろもどろになっていく言葉を、中嶋さんは今何を考えて聞いているのだろう。
そんなコトを考えていたら、急に右手を掴まれた。




「見せてみろ」




言われるままに目の前に差し出したら、まだ血の滲む指先へと、中嶋さんの柔らかな唇が押し当てられて。





「な、中嶋さん・・・?!」
「大きな声を上げるな」





指先から伝わる思わぬ感触に、声を上げる。
指に沿うように流れる紅の一筋を・・・中嶋さんの舌先がゆっくりと伝い、絡め取っていく。





「中嶋さん、ここ廊下ですよ、誰かに見られたら・・・・・」
「煩い」
「う、煩いって・・・」
「それ以上喋ったら口を塞ぐぞ」






どう塞ぐのかなんて、あまりにも愚問で。
仕方なく、誰も通らないことを心の中で祈りながら、中嶋さんの言う通りにする。










結局、いつもこうだ。

いつも中嶋さんのペースに嵌められて・・・狂わされて。
自分の思いとおりになったためしなんて、ほとんどない。
情けないとは思うけど、中嶋さんの前に立つと自分はいつも無力で。


いいように翻弄されて、時にははぐらかされて・・・そのまま有耶無耶になってしまう。




ー――――また、流されちゃうのかな・・・。





そんな諦めにも似た思いが、脳裏を掠めた瞬間。











ふわり。











急に温かな感触に包まれて、俺は目を瞠った。





「・・・・・なかじま・・・さん?」



温かな感触の正体は、中嶋さんで。
その腕に抱き締められてることに気づいた瞬間、耳元で中嶋さんの声が小さく響いた。








「もうニ度と会計の犬なんかに触れさせるんじゃない」








お前は俺だけのものでいい。
そう続けられた言葉に、俺は・・・悔しいけれど、やっぱりこの人に敵わないと痛感した。



たったヒトコト。



それだけで、俺の中のくだらない感情は・・・全て浄化されてしまって。





中嶋さんも俺と同じ想いを返してくれる。





それだけの事実で、俺は・・・こんなにも嬉しくてたまらないのだから。













「・・・・・・・はい」












小さく頷いた俺に、中嶋さんはどこか満足げに微笑んで。
再び俺の指先へと唇を落とすと、小さく言葉を綴った。





















「・・・・・・・これは血の盟約だ・・・なぁ、遠藤・・・?」



















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な、なんとか終わりました・・・終わりましたけど。
当初の予定と全く違う話になってしまったのは何故でしょうか。(知らないよ)
初めはもっとギャグっぽいノリのお話になる予定だったんです。
何処で間違えてこうなってしまったのか・・・う〜ん。謎。
帝王も和希もニセモノすぎてゴメンなさい。でもウチの二人は多分こんなです。
(開き直ってるし)
最後までお付き合いしてくださってありがとうございました!




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