久しぶりに、一日オフになった日曜日。

春の暖かな陽気に誘われて、和希は丹羽と一緒に学園島を離れて、雑踏の中をブラブラとしていた。


ゲームセンターに入ってみたり。
通りの店を覗いてみたり。


そんな当たり前だけど、和希にとっては貴重な時間は、あっという間に過ぎ去って。




うっすらと夕焼けに染まりはじめた空を眺めながら、和希は丹羽と一緒に帰りの電車へと乗り込んだ。
少し混み合っていた車内の扉近くに、二人で陣取って。
窓の外を流れていく景色を、ただ・・・眺めながら。

家々の屋根。雑居ビル。街中を縫うように走る車。
そんなありふれた景色の中で、ふと、和希の視線が止まる。


・・・・・あんなところにも、桜の木があるんだ。

家々に囲まれた住宅街の中に、ポツンと一箇所だけ、薄紅色に彩られた空間に、何故か和希の視線は
釘付けになって。

あ、あそこにも・・・こっちの工場の敷地にも。

気にしてみれば、街中のあちらこちらに散りばめられている、薄紅色の花弁たちに、和希は何だか
だんだん嬉しくなってきた。


「どうした、和希。なんか面白いモンでも見えるのか?」


車窓の景色を楽しそうに眺める和希に気づいた丹羽が、和希の後ろからひょっこりと顔を出すようにして、
窓の外を覗き込む。


「普段は気がつかないけど、桜の花ってあちこちにあるものなんですね」

そんな和希の言葉に、丹羽は車窓の景色に目を凝らす。
民家の軒先に一本。その先の小さな公園の中に一本。


「お、本当だな。数は少ねぇけど、結構あちこちにあるもんなんだな」
「でしょ?俺も今はじめて気づいたんですけど、何だか嬉しくて」
「嬉しい?」
「えぇ、なんとなく・・・なんですけどね。この季節じゃなかったら、絶対気づかないじゃないですか。
だから何となく得した気分って言うか・・・上手く言えないんですけど」


自分で自分の気持ちを上手く言葉に出来ずに、少し恥ずかしそうに首をすくめる和希が、
何だかとても愛しくて。
このまま背後から抱きしめてしまいたい衝動を必死で抑えながら、丹羽は、咄嗟に思いついた
言葉をそのまま口にした。



「・・・よしっ、和希、今から花見に行くぞ」
「はぁ?花見・・・ですか?」
「おうよ。いいじゃねぇか、夜桜見物も悪くねぇぞ」
「でも・・・あまり遅くなると篠宮さんが・・・」
「門限までに戻れば問題ねぇって」
「そりゃそうですけど・・・」



尚も渋る和希の耳元で、丹羽は小さく囁いた。


「今の時期ならではの楽しみ・・・満喫しようぜ・・・」


その言葉の誘惑と、目の前を流れゆく景色の薄紅の花弁に惹かれるように。



「門限までには、帰りますからね」



するりと口をついて出た言葉に、丹羽はおう、と小さく頷いて。


丹羽と共に過ごす時間が、少しだけ延びた・・・ただそれだけのことが嬉しくて、緩みかけた頬を見られまいと、
和希は車窓の景色に目を凝らした。















車窓の景色を眺めて、渡会が思ったこと。桜って、本当にあちこちにあるものなんですね。



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