「くだらんな」



生徒会の書類を受け取りながら、中嶋さんは俺を一瞥しながら、冷たく言い放った。


中嶋さんが甘いものを嫌いなのも、わかってる。
世間のお祭り騒ぎに、一緒になって便乗する人でないことも、わかってる。



それでも、それでもだ。



クリスマスやバレンタイン、そして・・・ホワイトデー。

こうした記念日に、互いの想いを確かめ合って、二人の思い出を増やしていく。
仮にも「恋人同士」であるのなら、チョコでなくともプレゼントを渡したり、交換したり・・・
やり方なんていくらでもあると思うし。
好きな人と、出来るだけ多くの想いと時間を共有したい。
バレンタインも過ぎて、もうすぐ卒業してしまう中嶋さんと、一つでも多くこの学園での思い出を共にしたい。



そう願うのは、過ぎた願いなのだろうか。



そんな俺の想いを、中嶋さんは「くだらない」の一言で片付けた。
あの人にとっては事実、そうなんだろう。
自分の価値観を崩すことのない人だから・・・そんな人を好きになったのは、俺自身なのだから。


自分自身に、心の中で言い聞かせて。






「・・・そうですね、くだらない・・・ですよね」







そう呟いて、唇の端だけで笑うのが、やっとだった。














「・・・ちょっとだけ、期待・・・してたのにな」

居た堪れなくなって、生徒会室を後にした俺は、東屋で一人ため息を零した。





無理だとあきらめつつも、心のどこかで期待していた。
中嶋さんが、ホワイトデーのお返しを用意して、俺と過ごしてくれることを。

別に何か見返りを要求しているわけじゃない。

ただ、そうしようとしてくれる・・・その気持ちが欲しかっただけで。



結局、中嶋さんに求めるには、ある意味、一番無謀なものを求めていたわけだけど。





また一つ、ため息が零れる。





「俺・・・無理なのかな・・・中嶋さんとは・・・」

無意識のうちに口にした言葉に、自分で驚く。




・・・・・俺、今・・・なんて言おうとしてた?





「俺とは・・・何だ?」

聞こえるはずのない・・・否、今だけは聞きたくない声が、俺の耳に届く。
恐る恐る声のほうを振り返ると、そこには当たって欲しくなかったのに、予想通りの顔があって。





「なかじま・・・さん・・・」

「俺とは、の続きは何だ?・・・と、聞いてるんだが?」





皮肉な笑みを模る、薄い唇から放たれる言葉が。
薄いガラス越しの、鋭い視線が。

全てわかっているのに、その先を促そうとする・・・中嶋さんの存在そのものが。


苦しくて、哀しくて・・・でも、愛しくて。




ぐるぐると俺の中を駆け巡っていく様々な想いの、どれが俺の本当の気持ちなのか・・・俺にもわからなくなって。




「・・・どう・・して・・・」




どうして俺は、この人でなきゃ・・・ダメなんだろう。
他にもっと、優しい人はいるのに。


零れかけた言葉を問いかけるのは、あまりにも愚問で。
俺は必死に口を噤むと、中嶋さんがゆっくりと近寄ってきた。




「・・・ったく、お前は本当に手のかかるヤツだな」




近寄ってきた中嶋さんの手が、不自然に俺の首の後ろへと廻される。
微かな金属音と共に、そっと首へとかけられた何かに、俺は思わず胸元へと視線を向ける。


・・・・・ドッグタグ?


それは中嶋さんがいつも身につけているものと同じものだった。
驚いて顔を上げると・・・いつになく穏やかな表情で俺を見つめる中嶋さんの視線とぶつかって。





「お前を驚かしてやろうと思ったんだが・・・まだだいぶ早いが、これ以上ほっておくと、
どこかの誰かが暴走しかねんしな」





言葉と裏腹に、頬へと添えられた手は、ひどく優しい。
そのまま抱き寄せられて、大きな胸の中へと招き入れられると、俺は初めて、自分の身に
起きていることを理解した。



「・・・貴方が言うと、冗談になんか聞こえませんよ・・・」



中嶋さんは、その気のないフリをして、俺を驚かせようとした。
今ならそう理解できるけど。
でも、中嶋さんが「くだらない」なんて言ったら、本気にしか思えないに決まっている。


・・・いや、それが目的なんだから、ある意味では成功・・・なのだろうか?


そんな俺の心を読むかのように、中嶋さんが意地悪な笑みを浮かべる。




「でも、お前は心底驚いたんだろう?・・・あんな顔は初めて見たな」
「なっ・・・!?」
「鳩が豆鉄砲を喰ったよう・・・というのは、ああいう顔のことを言うんだろうな」
「な、中嶋さんっ!!」




くくく・・・と、愉快気に喉を鳴らす中嶋さんに、噛みつかんばかりの勢いで抗議の声を上げた瞬間、
その唇をふさがれた。



伝わる熱に、交わる想い。

改めて感じる・・・俺は、この意地悪で冷徹でどうしようもない人を、どうしようもないくらい大好きだという、事実。







でも、いつか。

いつかきっと、中嶋さんにも鳩が豆鉄砲を喰ったような顔、させてやるからな。
・・・・・いつになるか、わからないけど。







そんなちょっと弱気な誓いを、心の中で立てながら。
俺は・・・中嶋さんの広い背中へと、そっと腕を廻した。















ホワイトデー・中和編ということで、日記で公開していました。

シリーズとのバレンタインネタとうまく噛み合わないのでこちらに転載。
オトメな和希と、甘すぎる中嶋さんという胸焼けしそうな組み合わせ。
ここまでニセモノだと、もう開き直るしか・・・。


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