初めから、解っていた。 ―――――学園の生徒となる者に、自ら顔を見せるリスクなど。 risk 「では和希様、明朝7時にこちらにお迎えにあがります」 「あぁ、よろしく頼む」 「それでは失礼いたします」 「ご苦労様」 恭しく一礼して、理事長室を退出する秘書の背中を見送ってから、自然と零れるため息に気づく。 「・・・明日は、顔を合わせずに済む、な・・・」 無意識に口をついて出た言葉を、己の耳で認識して。 脳裏に浮かんだのは・・・底の見えない笑顔を湛えた、たった一人の顔。 学園の生徒一人に会わなくて済むことに、何処か安堵している自分が、何だか滑稽で。 同時に、心の奥底で感じた有り得ない想いを、より深く深遠の淵へと沈める。 ふとした瞬間に克明に蘇ってくる、先ほどの会計室での出来事を、振り払うように。 重厚な机の引き出しから煙草を取り出すと、そのまま火をつける。 ゆらゆらと形を持たず霧散していく紫煙は、まるで今の自分の心を表しているかのようで。 結局、何をしたところで変わらない、不毛な自分に気づいて、苦笑いが零れるのを感じながら 煙草の先を、灰皿へと押し付けた。 全て、解っていた筈だ。 解っていて・・・それでも彼らの力を欲したのは、他でもない自分自身で。 確かにあの時は、まさか自分自身が『遠藤和希』と名乗って、学園に潜入することになるとまでは、 思ってもみなかったけれど。 それでも、今まで隠し通してきた理事長としての自分を曝け出すリスクは・・・決して、小さくないと。 解っていても・・・何故か、惹かれた。 鮮やかで、完璧。 明らかな犯罪行為だとわかっていても、賞賛の拍手すら贈りたくなる様な、彼のハッカーとしての能力に。 メンテナンス作業中だというのに、一瞬全てを忘れて見惚れてしまうほどの、手際のよさ。 その全てが、流れるように・・・謳うように。 眼前で繰り広げられる一部始終を見届けた俺が、最初に感じたのは、怒りでも焦りでもない、純粋な感情だった。 ―――どうしても、この力を手に入れたい。 学園のため、という大義名分を建前にして。 心の奥底で感じたのは、今まで感じたことのない高揚感。 行き過ぎた好奇心は、身を滅ぼす。 そんな言葉を耳にしたことがあるけれど。 あの時の俺に、その言葉を伝えられるのなら・・・俺は迷わず、そうするだろう。 だって、今の俺が・・・まさにその通りなのだから。 過ぎた好奇心で、己の正体を曝し・・・自らの首を絞める。 彼の射るような・・・熱い視線に気づかぬ振りをして、拒絶して。 それでも、心の奥底で願い続けている。 このまま、彼に全てを曝け出してしまいたい。 身も心も・・・何もかも。 彼に委ねる事が出来たなら・・・俺は、どんなに楽になれるだろう、と。 最初は、単純な好奇心。 じわり、じわり。 共有する秘密と時間の中で・・・徐々に彼に侵食されていく自分に、気づいていながらも。 抗えない・・・否、抗いたいとすら、思わない。 柔らかで、それでいて底の見えない笑顔に・・・じんわりと縛られて。 ―――――気がついたら、全て絡め取られていた。 心が、身体が・・・彼を求める。 そんな有り得ない・・・あってはならない想いを、昏く深い闇の奥底へと沈めて。 まるで、彼のように。 笑顔の仮面を貼り付けて、平静を装う。 『君と私は・・・あくまでギブアンドテイクの関係だろう・・・?』 聡い彼に、気づかれないように。 ゆっくりと模った笑顔は・・・きっと、何よりも醜いだろう。 初めから、解っていた。 学園の生徒となる者に、自ら顔を見せるリスクなど。 それでも、まさか。 こんなリスクを負う羽目になるとは・・・想像もしていなかったけれど。 七条さんの想いに気づきながら、また同じ想いを抱きながら。 それでも応えることが出来ない、和希の葛藤・・・みたいなのが書きたかったのですが。 なんか、意味不明ですみません。上手く伝わってるといいのですが。(きっとムリ) ブラウザを閉じてお戻りください。 |