「君と私は・・・あくまでギブアンドテイクの関係だろう・・・?」









そう呟いて、彼の人はあまりにも綺麗に笑った。






―――――寸分の狂いもない、紛い物の笑顔で。




















   
計算尽くの笑顔























「それでは報告を」


会計室のソファーにゆったりと腰を下ろして、そう事務的に促す貴方からは、いつもの人好きのする
下級生の雰囲気など、微塵も感じられるはずもなく。



彼の本当の姿を知っているという優越感と。
それ故に思い知らされる幾多もの壁と。



様々な思いを仮面の下に覆い隠して、僕はゆっくりと言葉を放つ。





「・・・理事長から依頼された件についてですが・・・」





淡々と紡がれる経過報告の言葉を耳にしながら、先ほど渡した資料に目を通す。
そのさりげない一挙一動さえも、僕の視線を捕らえて離さない。



そんな僕の刺すような視線に、貴方が気づいていないわけないでしょうに。





「・・・・・以上が、現在までの経過報告です」

「わかった。引き続き調査を頼む」





その言葉を合図に、彼の纏う雰囲気が一変する。





「・・・お茶のおかわり、いかがですか・・・遠藤くん?」

「あ、ありがとうございます。七条さん」




この学園内の誰もが見慣れた『遠藤和希』の笑顔を浮かべて。
僕の名を呼ぶその姿は・・・誰が見ても疑いようのない下級生の姿。




それがあまりにも完璧すぎて。




―――僕はたまに、壊してみたくなるんですよ、遠藤くん・・・・・。

















「・・・・・・?!な、何をするんですかっ?七条さん?」



『遠藤和希』の仮面を纏った彼は、存外に隙が多い。


それはより『学生らしく』見せるための彼の演技なのか。
それとも、学生という開放感が、彼を自然とそうさせるのか。



そのどちらが正しいのか分からないのだけれど。




ソファーの上に押し倒される格好となった遠藤くんが、驚きと抗議の声を上げる。





「・・・・・何だと思います?」

「ふ、ふざけないでくださいっ!西園寺さんにでも見られたら・・・」

「郁は今日は戻ってきませんよ」

「・・・・?!」





両手を僕の手に、両足を僕の足によって押さえ込まれた遠藤くんの表情が、苦悶に歪む。
僕にとって、絶対の存在である郁に救いを求めようとした彼の思惑は、僕の一言であえなく
打ち砕かれる。




「やめてください・・・七条さん、こんな・・・・」




懇願するような、縋るような目で僕に訴えかける遠藤くんを見下ろして。
いつもの仮面を外した僕は、無表情のまま・・・淡々と言葉を紡いだ。








「・・・・・僕はね、本当の貴方を見てみたいんですよ・・・」






僕の言葉に、瞬時に彼の表情が強張る。






「よく僕と中嶋さんのことを同属嫌悪と称する人がいますけど・・・あれは間違いです」





目の前で何処か怯えたような表情さえ浮かべる今の貴方は、どちらの貴方なのでしょうか?


『遠藤和希』なのか。
それとも『鈴菱和希』なのか。


どこまでが『演技』で、どこからが『貴方自身』なのか。






「本当に同じなのは・・・僕と中嶋さんではなく・・・・・」









―――――僕と貴方、ですよ。









軽く耳朶を食んで、小さく囁く。

ピクン、と小さな反応を示す貴方に、無意識のうちに笑みが零れる。
そのまま胸元のネクタイへと手をかけた・・・その瞬間。










「・・・・・それ以上はやめたまえ・・・・七条くん」










耳元で響いた『鈴菱和希』の声に、僕は思わずその手を止めた。
ゆっくりと身体を起こし、眼前の声の主の表情を窺う。






「君にこんなことをされる覚えは、ないんだがね・・・」





僕の身体を押しのけて、ゆっくりと起き上がりながら、乱れた服を直す。
一瞬の間の後、ゆっくりと僕へと視線を合わせて・・・彼は静かに言い放った。












「君と私は・・・あくまでギブアンドテイクの関係だろう・・・?」













言葉と同時に、模られたその笑顔が。
あまりにも綺麗で・・・綺麗過ぎて。



それはとてもよくできた・・・紛い物の、レプリカの微笑。













その計算尽くの笑顔の下に隠された、彼の本当の姿を、僕がその時捕らえることはなかった。


















七条さんと和希を同属だと思うのは、渡会だけでしょうか?(悩)
笑顔で人当たりがよさそうで、でも本当は人を近寄らせていない。

お題5つで完結できるのか微妙ですが、よろしければお付き合いください。






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