「・・・遠藤、いるのか?」



ノックをすれど返事がない手芸部の部室の扉をゆっくりと開けると、窓辺の椅子に腰掛けたまま
微動だにしない遠藤が、俺の視界に映った。















    13.手編み





















「・・・・・遠藤?」


そっと近づいてみると、微かに繰り返される・・・小さな命の営み。


「眠っているのか・・・」


眠りながらも尚、握られたままの編みかけのセーター。
そのあどけない、無防備ともいえる姿に、俺はらしくない感情を含んだ笑みがこぼれるのを感じていた。




外はもう、闇の支配下に落ちて。
電気もつけずに眠っているところを見ると、随分前からこうしているのだろう。




「・・・ったく、風邪でもひいたらどうするんだ」




俺の見る限り、遠藤は然程丈夫な方ではない。
顔色が悪いことも多い上に、食事量もあまり多くはない。

常々、自己管理はしっかりするように注意はしているのだが・・・どうにも自覚が足らないらしい。






いや、それよりも。







俺の目の前に曝け出された・・・そのあまりにも無防備な姿。

窓から差し込む、仄かな月灯りに照らし出された遠藤は、俺がこんなに近づいてみても、
一向に目を覚ます気配はない。




月光に浮かび上がる、その姿。
頬に落とされた、長い睫毛の影。
小さな営みが繰り返される、柔らかな唇。





その全てが愛しくて・・・誰の目にも触れさせたくないとさえ思う。
ましてやそれが、こんなに無防備で無警戒な奴なら・・・尚のことだ。





―――――念のために寮へ戻る前に立ち寄ってみて正解だったな。




このまま風邪をひかれても厄介だが、それ以上に、こんな遠藤の姿をを俺以外の誰かに
見られるのも癪に障る。








「・・・まさか、お前にこれほど狂わされるとはな・・・遠藤」


ゆっくりと近づいて、その頬に触れる。







こいつはきっと、知らない。

俺がどれほど『遠藤和希』という存在に、心奪われ、狂わされているかということを。
今まで全て遊びで切り捨ててきたこの俺が、ありえない感情の鎖に繋ぎとめられていることを。








「まぁ・・・それも悪くないと、思っているが、な・・・」







吸い寄せられるように唇が重ねられると、遠藤が微かに身じろぎをする。






「・・・・んっ・・・あ・・・・」


うっすらと開けられた瞳は、まだ俺の姿を正確に捉えられていないのだろう。
どこか恍惚としたその表情は、まるで俺を誘っているかのようにも見える。



「・・・あれ・・・?な、かじまさん・・・?」





ようやっと意識がはっきりしてきたのか、遠藤は俺の顔とあたりを交互に見渡す。





「こんなところで居眠りをするな。風邪でもひいたらどうする」

「・・・・そうか、俺寝ちゃったんですね・・・スミマセン」




自分のおかれている立場をようやく理解した遠藤が、頬を掻きながら、ばつが悪そうに
謝罪の言葉を口にする。




「もういい。さっさと帰るぞ。支度しろ」

「あ、はい」





言葉と同時に遠藤に背を向けると、背後で慌てながら片付け始める遠藤の気配を感じる。
待っている間に、一服でもしようかと制服の内ポケットに手を伸ばした瞬間、




「あの・・・中嶋さん・・・・」




どこか緊張したような遠藤の声に、俺はその手を止めて、振り返る。




「何だ?」

「あの・・・さっき、その・・・・」




編みかけのセーターを手にしたままの遠藤が言わんとしている事は、すぐに分かった。




「何だ?言いたいことがあるなら、はっきり言え」





だからと言ってこっちからお膳立てしてやる義理もないので、少し苛立ちを含んだ声で、そう促してやる。






「その・・・さっき、俺にキス・・・・・しましたよね・・・?」





月光のみに照らされた薄暗い室内でも、遠藤の表情がまるで手に取るように分かる。
その様子に笑みが零れるのを感じながら、俺は胸ポケットから煙草を取り出して、火をつけた。









「さぁな」



















ビミョーにどころか、全くお題の趣旨を外している気がしてなりません。
和希が編んでいるセーターが中嶋さんへのプレゼントという設定だったのですが・・・。
もっとセーターに触れる予定だったのに、ただの中嶋さんのノロケ話になってしまいました。アイタタ。






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