***SIDE:Omi−Shichijo*** 「・・・・・和希と中嶋さん・・・上手く仲直りできたでしょうか?」 動かしていた手を止めて、伊藤くんがポツリと言葉を漏らす。 小さなテーブルを挟んで真向かいに座る僕へと、少しだけ恨めしげな視線を向けながら。 伊藤くんには申し訳ないのですが、そんな仕草さえも可愛いとしか・・・僕には思えなくて。 「さぁ、どうでしょう?」 少し意地悪かな・・・?と思いつつも、つい零れてしまった言葉。 そんな僕の言葉に、伊藤くんは僕の予想通りの反応を示した。 「七条さんと中嶋さんが仲悪いのは知ってますけど・・・巻き込まれた和希が可哀そうですっ!」 大切な親友の事を思って一生懸命な姿も、また可愛くて。 でも、さっきから宿題を見てほしいと僕の部屋を訪ねてきた割りに、ほとんど問題が進まないのは 遠藤くんの事を考えていたからだと思うと・・・それはそれで、少々妬ける気もするのですが。 「七条さん?俺の話、聞いてますっ?!」 そんな僕の心を知ってか知らずか、伊藤くんが少し声を荒げる。 伊藤くんにとって、遠藤くんは大切な存在。 親友であり、兄のようでもあり・・・おそらく一言では言い表すことはできない、大切な人。 僕が伊藤くんと郁の存在を比べることなど出来ないように、伊藤くんにとっての遠藤くんもまた、 僕と比べられる存在ではないと分かっていても。 「はい、聞いてますよ・・・伊藤くん」 いつもの仮面で、己の醜い感情をやんわりと隠して。 そっと目の前の伊藤くんへと手を伸ばして、その頬へと手を添える。 「あの人たちなら・・・大丈夫ですよ」 これは、予感でなく・・・確信。 『同属嫌悪』と総称される僕だからこそ気づいた、彼の本音。 遠藤くんの手に触れていた僕に向けられた、一瞬の鋭い眼光。 冷たいナイフのような視線の奥に潜んだ、絶対零度の炎。 それは、無言の圧力。 いつも冷淡に見えるあの人の中に秘められた、冷たい炎に触れた瞬間、僕は初めてあの人の 本音を垣間見た気がした。 彼がいかに『遠藤和希』に心囚われているかという事を。 ―――そして、おそらく。 「七条さん?」 僕を呼ぶ声に、我に返ると・・・目の前には怪訝そうな表情の伊藤くんが、じっと僕を見つめていた。 「どうかしましたか?」 「いえ、なんでもありませんよ」 添えたままの手で、彼のくせのある茶色の髪を優しく梳いて。 そんな僕に笑顔を返してくれる伊藤くんに、僕の表情も自然と緩んでしまう。 彼らは大丈夫。 そんな僕の言葉に、伊藤くんもどこかほっとしたようで。 そう、中嶋さんと遠藤くんなら、大丈夫。 でも。 それはとっても儚い・・・薄氷の上の、脆くて危うい安寧。 これ以上ないくらい、中嶋さんを求めながらも、彼はきっと心のどこかで怯えている。 時が経てば経つほど、己の首をじわじわと締め上げる、時の鎖に縛られて。 戻る事も、進む事も叶わず・・・ただ、立ちすくんだまま。 このままでいいわけがない。 でも、今を失いたくない。 相反する想いの中で・・・ただ、立ち尽くしている。 『遠藤くん』の気持ちも、立場も・・・充分に理解はしているつもりです。 それでも。 ―――――貴方はいつまで、真実を隠し通すつもりなのですか・・・鈴菱理事長? 窓辺からそっと覗く月が、ゆらゆらと仄かな光を放っていた。 ***SIDE:Hideaki−Nakajima*** 月灯りに照らし出されて、眠る横顔に・・・思わず口元が綻ぶ。 その繊細な体躯に散らされた朱の刻印のみが、先ほどまでの余韻を留めるのみで。 俺のベッドに横たわり、静かな寝息を立てる遠藤の絹糸のような柔らかな髪に、そっと手を添える。 そのまま・・・ゆっくりと指で梳いてみても、一向に目を覚ます気配はない。 本当にぐっすりと熟睡している様子を確認して、そっと離れると・・・枕元においてあった煙草へと手を伸ばす。 ベッドで眠る遠藤に背を向け、窓辺で紫煙を燻らせていた俺の耳に、微かな声が届いた様な気がした。 「・・・・・・かないで・・・・じま・・・さん」 そっと振り返ってみて、俺は思わず目を瞠った。 月灯りに照らし出された遠藤の頬を伝う・・・一筋の雫。 「・・・なさい・・・なか・・・まさん・・・・ごめん・・・い」 繰り返される、謝罪の言葉。 溢れる涙は、後から後から頬を伝って・・・俺は無意識のうちに、その一滴を指で掬っていた。 少し、苛めすぎたか? 昼間の会計の犬との一件を思い返してみるが・・・あの後は普段どおりだったように思う。 遠藤の様子もいつもと変わらず、つい先ほど、意識を手放すまで身体を重ねていたのだから。 ただ繰り返され続ける贖罪の言葉の真意が掴めず、その頬に手を寄せて。 「・・・・・お前は本当に鈍いな」 きっとこいつの瞳には、俺が冷淡でほとんど感情を見せない、掴みどころのない男にしか 映っていないのだろう。 無論、それを否定する気など毛頭ない。 それもまた、俺の中の一面であることは、俺自身も充分に理解しているつもりだ。 だがそれは、あくまで一面に過ぎない。 俺の中に潜む・・・得体の知れない、この感情。 お前が七条に手を握られていたあの瞬間、俺の中に一気に膨れ上がった・・・どす黒い炎。 誰にも触れさせたくない。 ましてや、七条などもってのほか。 誰の手にも届かないところへ。 俺だけの世界に閉じ込めてやろうか。 でも、俺の後を追って来たお前に身体に触れたら・・・その炎は、ふっと消え失せて。 ざっくりと開いた傷口から伝う、その紅の一筋を口に含みながら、込み上げてくる愛しさと共に ゆっくりと飲み下す。 お前が傍にいればいい。 そんな感情を、今まで抱いたことなどなかったのに。 でも、お前に触れているだけで、ありえないはずの感情が俺の中を支配していく。 ありえないけど、悪くない。 こんな感情に流されてみるのも・・・遠藤和希という存在のためならば。 「俺の中にこんな感情があると知ったら・・・お前はどうする?」 返る声のない問いかけを口に乗せながら、その頬に添えた手を、ゆっくりと滑らせる。 そう口にしながらも、知ってほしいなどとは、まるで思わない。 寧ろ、気づかれないほうが、自分としては好ましい状況で。 俺の真意を掴もうと必死に縋ってくるその表情が、どれほど扇情的であるか・・・お前はまるで 知らないのだろう。 でも、それでいい。 追いかけて、縋って。 お前が・・・俺のことだけを考えるようになれば。 「・・・・・俺だけ堕ちるのは、不公平だろう・・・?なぁ、遠藤・・・」 堕としてやる、どこまでも。 俺をここまで狂わせておいて、お前だけ平然とした顔などさせてやるものか。 そして、どこまでも堕ちてやる・・・俺も一緒に。 ―――――それは、月の夜の独白。 「絶対零度的日常風景』の補足というか、後日談というか。 このシリーズの攻め二人(笑)犬猿の仲の二人でお送りしました。 七条さんも大概別人ですが、中嶋さん・・・こんな人でいいんでしょうか? (誰に聞いてるんだよ) 少しは帝王らしくしようと・・・頑張るだけは頑張ってみたのですが。 こんな4人を中心に、そのうち王様やら女王様まで巻き込んで 書いていきたいと思います。よろしければお付き合いください。 ブラウザを閉じてお戻りください。 |