啓太のために。
そして、何よりも・・・学園内調査のために。


そんな想いから『遠藤和希』として、ベルリバティに入学してから・・・早三年。









―――――俺はこの春、ベルリバティを卒業した。

















   Message

















もう、どれくらい会っていないだろう。


ふとした瞬間に、いつも考えるのはそんなことばかりで。
深夜とは言え、久々に自宅のベッドで眠ることが出来るという安堵感からだろうか。
マンションへと向かう車の中、脳裏を掠めるのは、たった一人の愛しい人の顔。



会うどころか・・・声すら聞いてないな・・・。



最後に声を聞いたのはいつだったのか。


もう思い出せないほど、ずっと以前のことなのか。
忙しい毎日に忙殺されて、思い出せないだけなのか。



それすらも分からないほど、ひどく疲弊しきった自分に、何処か自嘲気味な笑みが零れる。



逢いたい。逢って、その温もりをこの身体で確かめたい。
そして、貴方の声で・・・俺の名前を呼んでほしい。




「・・・・・中嶋さん・・・」




小さく、ため息のように囁いた声に、返る声などあるはずがなくて。








・・・・・ダメだな、俺は。




中嶋さんがベルリバティを卒業した後の二年は、まだよかった。
俺には、学生としての時間という大義名分があって、その時間をうまく使えば、中嶋さんと過ごす
時間を作ることが可能だったから。


でも、この春『遠藤和希』が卒業してから、俺の生活は一変した。


ベルリバティスクールの理事長として。
ベル研究所の所長として。

学生という身分から開放された俺を待っていたのは、今までとは比べ物にならないほどの、膨大な
業務と書類・・・そして、課せられた責任の重さだった。



いっそ、忙しい時は・・・まだ、ましかもしれない。
だって、忙しさに紛れて・・・中嶋さんのことを、思い出す暇もないから。


忙しい時間の間にぽっかり空いた、こんな時間。


逢うどころか、電話をかけるにも憚られるような時間なのに。
それでも、湧き上がる想いは、彼を・・・中嶋さんだけを、強く求めている。





・・・しっかり、しなきゃ。俺のほうが年上なのに。





年齢よりも大人びた雰囲気を纏う彼と、年齢よりも子供じみた外見を持つ自分。
並んで歩いていても、彼より年上に見られたことなどなくて、いつも俺は不満だった。


『好きで童顔なわけじゃないですよ』


それを逆手にとって、学園に生徒として潜入しておいて言うのも・・・どうかと思ったけど。
でも、別に好きで童顔な訳ではないのは本当だから、口癖のようにそう言う俺を、中嶋さんは
いつも、愉快気な笑みを浮かべながら、ただ見つめているだけった。





中嶋さんに、甘えたくない・・・。
負担になりたく・・・ない。





求めれば、いつだって手を差し伸べてくれる。
最初は冷たくしか感じられなかった、彼の中に潜む優しさを、俺は知ってるから。




でも、それに甘えていてはダメだ。




中嶋さんもきっと、大学で頑張ってる。
それぞれの場で、今自分がやるべきことを、きっちりとこなして。







次に中嶋さんに会った時、俺は・・・中嶋さんに恥ずかしくない自分でいたい。











ハンドルを握る手に、ぐっと力を込めて。

決意を込めた眼差しで、静寂の闇に包まれた街の中を見据えながら、俺は家路へと急いだ。





























自宅マンションについたのは、丑三つ時も当に回ったころで。

闇に包まれたままの殺風景な室内で、灯りをつけるのすら億劫に感じて、リビングに備え付けられた
手近なソファーに、崩れるように腰を下ろす。


上着のボタンを外し、ネクタイを緩めた瞬間、視界の端で何かが点滅するのを感じる。



・・・なんだ、あれ?

依然、闇に包まれた室内には、外から入り込むわずかな光のみが、ぼんやりと室内のシルエットを
映し出している。



留守番・・・電話?



繰り返される点滅が、自宅の電話の留守電のメッセージを知らせるものだと気づいて、俺はゆっくりと
重い腰を上げた。



仕事関係なら、直接携帯にかかってくるはずなのに。
そもそも、仕事だけでなく、最近の連絡はもっぱら携帯のみになっていて、自宅の固定電話など、
使わなくなって久しい。



どうせセールスか勧誘か・・・そんなモンだろうな。



全く心当たりのないメッセージを、そう勝手に結論付けながらも、俺は、メッセージの再生ボタンを押した。









『・・・・・和希、俺だ・・・』

「・・・・・!」



俺の予想に大きく反して、電話から流れてきたのは・・・大好きで聞きたくて仕方のなかった、中嶋さんの声で。





『・・・あまり無理はするなよ、いいな?』





たった一言。

残されたメッセージを伝え終えた電話は、無機質な声で、伝言日時を告げる。





その一言に込められた、中嶋さんの気持ちが、じわじわと伝わってきて。
俺は、無意識のうちに手を伸ばし、もう一度メッセージを再生する。







『・・・あまり無理はするなよ、いいな?』

「・・・・・・・くやしいなぁ、もう・・・」





繰り返される言葉に、思わず言葉が零れる。



負担になりたくない。
甘えたくない。



いつだって、そう思っているのに。


きっと、中嶋さんには全てお見通しなのだ。

俺が疲れた時、弱音を吐きそうな時。
まるで、俺のことを見ているんじゃないかと思うようなタイミングで、手を差し伸べてくれる。



負けたくない。
対等でいたい。



そんな俺のささやかな大人のプライドすら、打ち砕いてしまう。











そして俺は、


そんな貴方に・・・ますます強く、惹かれてしまうんです。















悔しいけれど、嬉しい。


そんな矛盾した複雑な想いを、抱えながらも。































頑張らなきゃ・・・と思いつめている時に、たった一言の言葉が何よりの力になる。
そんなことってありますよね。
「頑張れ」でも「無理するな」でもいいんです。
重要なのは、言葉の意味ではないと思うから。
その気持ちが、嬉しい。そんな雰囲気が伝わったらいいなと思います。





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