「まるで置いてきぼりにされた、子供みたいな顔してますよ」





不意にかけられた声に、俺は思わず周りを見回した。

















   
アオゲバ トウトシ






















「そんな顔、してましたか・・・?」

「はい、それはもう」


卒業式が終わった直後の東屋で、何をするわけでもなく佇んでいた俺に、七条さんがいつもの笑みを
浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。


吹き抜ける風は、すぐそこまで訪れている春の彩を含んでいて。
先日までコートやマフラーが手放せなかったのに、季節は確実に流れている。

そんな当たり前の事実を、実感させてくれる。

季節も時間も、止まることなく・・・ゆったりと流れ続けている。
その事に、特に何も感じることはなかったし、気にも留めなかった。




彼が卒業を迎えてしまう、今日この時までは。





「・・・ねぇ、七条さん」

「何ですか、遠藤くん」

「俺は幸せ者ですよね・・・こうしてあの人の・・・中嶋さんの卒業を、見送ることが出来るのですから」






今までも、たくさんの生徒たちを見送ってきた。
でも、それはあくまで「理事長・鈴菱和希」として。


自分は今、在校生の一人「遠藤和希」として、大切な存在である中嶋の晴れの日を見送ることが出来るのだ。


それはとても・・・幸せなことのように思う。







「・・・そうやって、自分で自分を言い聞かせようとしているのですか?」

「え・・・?」

「それとも、そうやって自分を誤魔化して・・・諦めようとしているんですか?」

「・・・・・」



思いもよらない、七条さんの一言。
何気なくぶつかった視線に、俺は・・・そのアメジストを思わせるような、深い輝きを称えた瞳の前に、
言葉を失ってしまう。



「確かに、貴方はずっとそうして生きてきたのかもしれません・・・それが、貴方の生きてきた世界では
きっと当たり前だったのでしょう」




まるで吸い込まれそうな瞳と、呪文のように紡がれる、七条さんの言葉。







「でも、それはあくまで「鈴菱和希」に必要な事でしょう・・・ねぇ?遠藤くん?」









諦める事に、慣れていた。

手に入らないものなど、何もないのではないか。
そう人が羨む生活の中で、本当に欲しいものなど何一つ、手に入らないのだと。


だから・・・いつも、思っていた。


いつか、彼と・・・中嶋さんと離れなければいけない時が来るのだと。
どれだけ求めても、どれだけ欲しても・・・本当に欲しいものが手に入ることはないのだから。


いつだって傍にいたくて。
その温もりに触れていたくて。



そんな些細な幸せの中で、いつもどこかで怯えていたんだ。




中嶋さんがここを卒業したら・・・俺と彼をつなぐ術は、もう何もないのだ・・・と。












「・・・・・ずっと諦める事には・・・慣れていたんです」

「・・・はい」

「慣れていた・・・はずなんです・・・」

「・・・はい」

「それなのに・・・俺はっ・・・・・!」






零れかけた言葉が、そっと唇に宛がわれた七条さんの人差し指によって遮られる。






「・・・その先は、僕ではなく中嶋さんに、ですよ」



やんわりと微笑みかけられて、俺は・・・何故か零れそうになる熱い雫を必死で堪える。



「今頃きっと、貴方を探しているかもしれませんよ・・・」



言葉とともに、そっと肩を押されて・・・俺は、少しだけ躊躇ってから、勢いよく駆け出した。







「・・・ありがとうございます・・・!七条さん・・・」






振り向きざまに、たった一言・・・でも、最高の感謝の気持ちを込めて。

















「貴方が落ち込んでいると、伊藤くんが心配ばかりしますからね・・・」

・・・尤も僕は、貴方のことも嫌いじゃないですけど。









そんな風に続けられた七条さんの言葉は、俺の耳に届くことなく、暖かさを含んだ春の風へと溶けていった。





















どうしても書きたかった卒業ネタ。そして相変わらずうちの和希はヘタレですね。
もっと頑張れよ、和希!!(寧ろ頑張るのは渡会)
このネタ書きたさに、ばれちゃった後とばれる前と、お話を分けることにしました、
ばれちゃったネタは、きっとそのうち。






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