『バレンタインは一緒に過ごしましょう』

『なんだ、いきなり』

『いいから!・・・その日は一日、俺に付き合ってください・・・ね?』


恋人同士の記念日を、大好きな人と一緒に。
それは俺にとって、最大のワガママであり、切実なる願いでもあって。




そんな俺の気持ちを察したように、中嶋さんは口元だけで笑みを浮かべた。







『わかった・・・お前に付き合ってやるよ』















Chocolate Dream


















ただ、一緒に過ごしたかった。

何もなくてもいい。
一緒にいられるだけで・・・ただ、それだけで。


でも、それすらも・・・今の俺には赦されない願い。




『ゴメンなさい・・・急な仕事で、どうしても抜けられなくて・・・』
『そうか、仕方ないな』
『本当にすみません』
『気にするな。あまり無理はするなよ』




先ほどの電話でのやり取りを思い出して、ため息が零れた。
机の引き出しをそっと開けて、今日のために用意したチョコを、そっと手にとって見る。



これも、無駄になっちゃったな。



甘いものが苦手な中嶋さんにはどうかとも思ったけど、せっかくだからと思い、用意した
チョコは、今日を逃せば渡す意味などなくて。
彼の嗜好にあわせて、出来るだけ甘さ控えめのものを探して、綺麗にラッピングなんか
してもらったりなんかしたのに。



その全てが無駄になってしまった喪失感に、またため息が零れる。
再びチョコを机の引き出しへとしまうと、残された仕事へと意識を集中させようとするが、
どうしても先程の電話のやりとりが、脳裏に焼きついて離れない。




まるで、中嶋さんにはこうなることが分かっていたみたいに、淡々としていた。




俺の立場と仕事を、理解してくれている・・・そう思えればいいのに。
いつか、こんな俺の元から中嶋さんの気持ちが離れていってしまうような、そんな感覚に苛まれる。





年下の彼に、こんなにも依存してしまっている自分が情けないと思いつつ、それでも不安は拭えなくて。





「とりあえず、仕事に集中しないと」






脳裏にこびりついた未練と不安を、振り切って。
俺は目の前の仕事をこなす為に、パソコンへと視線を向けた。



















結局、仕事を終えて寮への帰途についたのは、日付変更線を遥かに越えてから。
疲れきった身体を叱咤して、裏口から部屋へと戻り、鍵を開けようとして、俺は首を傾げた。




鍵が・・・開いてる?




恐る恐る、扉を開けると・・・薄明かりの中、ベッドに凭れる様に佇む中嶋さんの姿が視界に映る。
手元を照らし出す小さな灯りのみで、手にした本の文字の羅列を追っていた視線を、ふと俺の方へと
向けた。



「遅かったな」

「・・・・・どう、して・・・」

「どうして?・・・変なことを聞くな。合鍵を渡したのはお前のほうだろう」



確かに、合鍵を渡したのは俺だけど。
それは、いつでも中嶋さんに会いたいという・・・俺のちょっとした自己主張のつもりで。
でもまさか、今日この時に、中嶋さんが部屋にいるとは予想してなくて。



驚きを隠せず、戸口で固まったままの俺へと、中嶋さんがゆっくりと近寄ってきた。



「夜も遅い。さっさと閉めろ」



まだ開きっぱなしだった扉を、そっと閉めて。
そのまま抱き締められると・・・その時になって、俺はやっとこれは夢ではなくて、現実なんだと確信した。



背中へと回された、その腕の確かさが。
首筋を甘く擽る、その柔らかな髪の感触が。
そして、頬に伝わる確かな鼓動と温もりが。




その全てが愛しくてたまらなくて・・・俺は、まるで子供のように中嶋さんにしがみつく。





「・・・・・もう嫌われるかと・・・思ってました」





彼の温もりに縋りながら零れたのは、偽りのない俺の本音。


自分から強引に誘っておいて、いくら仕事とは言え、一方的に反故にして。
それも・・・情けないことに今回だけじゃない。
今までだって、何度も何度も・・・そういうことばかり、繰り返している。


いつ嫌われてもおかしくない。


いつもどこかに抱えていた不安が、堰を切って溢れ出し・・・歯止めが利かなくて。




無意識のうちに眦から零れ落ちた熱い雫が、中嶋さんの唇でそっと拭われる。





「・・・・一日お前に付き合うと・・・言っただろう・・・?」

「でも、もう15日になっちゃいましたよ」





率直に思ったことを口にしたら、急に中嶋さんの温もりから引き離されて、冷ややかな視線がぶつけられる。





「素直じゃないな・・・遠藤?」





言葉と同時に、唇をふさがれ・・・俺は咄嗟に目を瞑った。
そのまま、まるで貪るように口内を蹂躙されると、快感と息苦しさが相俟って、意識が朦朧としてくる。




「・・・か、じ・・・まさっ・・・・んっ!!」




途切れ途切れになんとか名前を呼んでも、解放の瞬間は訪れず・・・白濁した意識の中、こんなに
苦しいのに、ずっとこのままでいたい・・・という思いが、脳裏を掠める。









「覚悟しておけよ・・・遠藤」

ようやく解放され、中嶋さんにしな垂れかかったままの俺の顎を掴みあげて、そのまま言葉を続ける。







「今更俺から逃げられると思うな。お前が別れたいと言ったところで、俺はお前を手放す気などないから
そのつもりでいろ」







それは、告白なのか・・・脅迫なのか、イマイチ俺にはよく分からなかったけど。









ただ、嬉しくて、俺は小さく頷いた。

鞄の中に隠した、一日遅れのチョコを・・・どうやって渡そうか。



そんなことを、考えながら。






















一日遅れちゃったバレンタインSSなんで、内容もそれに合わせてみました。
バカップル万歳!エセ帝王万歳!!(もうヤケっぱち)
約束を反故にする設定だと、理事長ネタバレは必須かな・・・と思い、今回は
ばれちゃってる二人で。(笑)

慌てて書いたのでいつも以上にへっぽこでスミマセン。
でも、バレンタインに何かがしたかったのです・・・!!(><。






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